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2019年9月

2019年9月29日 (日)

ところで、ギターは買いましたか?

岡山のとある楽器屋さんで、それとなくギターを見ていた。

あれ、このギターは…?

そこには以前からちょっと気になっているシンラインの赤いギターが飾ってあった(欲しいのは赤じゃないけど)。

どんな音がするんだろう。

弾いてみたい、けど、特に買うつもりはないから店員さんに試奏をお願いするのは気が引ける…。

けどやっぱどんな感触なのか、音なのか知りたいし弾かせてもらいたい。

それとなく店員さんの様子を窺う。

うーむ、穏やかで親切そうな人だ。

思い切って声をかけてみようかな。

とギターの近くを行ったり来たりギッコンバッタンどうしようかと考えていると、中学一年生くらいのロックが好きそうなちょっと派手めな服装の女の子二人が店員さんに話しかけにいった。

「すいませーん、初心者向けのギターってありますか」

「ありますよ。

ありますけど、ご予算はどのくらいですか」

「できれば一万円台でありますか」

「それだと3、4台ほどありますよ」

というような会話から、彼女らはそのギターが置いてあるだろう二階の方へ移動した。

これからギターを始めるんだなー。

なんかいいなー。

あの子達もトライしてるし、やっぱ試奏させてもらおうかなー。

だけど店員さんはあの子達を案内しに行っていなくなってしまったなー。

と、今度はぼんやりと楽譜コーナーのあたりをそれとなく眺めていた。

あれ、この本は…?

そこには去年あたりからちょっと気になっていたジョン・ケージの『作曲家の告白』という本が置いてあった。

これは面白そうだし早く読みたいな、ということでシンラインの試奏は諦めて、結局本だけを購入して店を後にした。

 

なんか落ち着いて座れる喫茶店はないかなーと、商店街のアーケードの中をぶらつく。

いくつかよく見かけるタイプのチェーン店のカフェはあったけどスルーする。

アーケードを抜け、交差点で長い信号を待っている時、退屈だったのか被っていたキャップを脱いで、キャップの天面についている小さな穴から景色をのぞいているおじさんがいた。

退屈な風景を見方を変えて楽しもうとしているんだろうか。

それとも何かのゲームなのか。

信号が変わり横断歩道を渡る。

一階がカフェになっている古いビルの前を通り過ぎる。

なんだか気になるので踵を返し、店の外観扉を一通り見渡した後にカフェの扉を開く。

天井が高く古い佇まいの落ち着いた店内で、しかもお客さんは僕一人だけなのでゆっくりと過ごせそうだ。

アイスコーヒーを飲みながらフーッと時間差で長距離運転の緊張感が和らぐのを感じる。

落ち着いたところで先ほど購入した本を読み始める。

面白い。

『もはや音楽とは一年目から四年目へと進むものではなく、AからZへと進むものになりました』

読み始めから気になる言葉と出会った。

本の帯を改めてみてみると、そこにも面白いフレーズが。

『わたしが一番好きな音楽とは、まだ聞いたことのない音楽です。

わたしは自分が作曲する音楽を聴いているのではありません。

わたしは聴いたことのない音楽を聴きたいから作曲しているのです』

また、オスカー・フィッシンガーという人が物質に内在する精神について語った『木から発生するサウンドは、ガラスからのものと違う精神を持っている』という言葉もとても興味深かった。

『わたしは作曲家の個性に由来するものと、素材の性質と文脈に由来するもの、この二つが表現において不可避的に生じることを認識しました。

そして意識的に努力することより、自然に生じるように任せるとき、より、繊細に表現は発露すると感じたのです』

読んでいくうちになんとなく感じていたことが、より鮮明に、明確に分かっていくようでとても興味深かった。

ただ、知識が乏しいため、読んでいてもいまいちよく分からない部分も結構あった。

しばらくするとお客さんが入ってきて賑やかになってきたので店を出ることにした。

 

時間を確認すると15時過ぎ。

16時までもう少しだ。

今日は仲井戸麗市のライブを観に岡山に来ていた。

『CHABO』というアルバムの、初めて聴いたときに思わずズッコケた『オーイっ!』という名曲を大声で歌いながらハンドルを握り車を走らせてやってきた。

16時開場ということで、会場のYEBISUYA PROへ。

味わいのあるおじさん達がフロアでたむろしている(おばさんもちらほら)。

整理番号順に並んでいると、後ろの方から、RCサクセションや忌野清志郎の話が色々と聞こえてくる。

僕のように一人でひっそりとやってきている人も結構いる。

開場して階段を降り、ホールの中へ順番に案内される。

客席にパイプ椅子が並べられていて、自由席ということだったので僕は中央中程の席を確保する。

僕の両隣は僕のように一人でやってきたと思われるおじさん二人だった。

後ろからはまたRCの話が聞こえてくる。

に加えて歯から心筋梗塞になる(?)というような病気にまつわる話も聞こえてくる。

どこかのおじさんがどこかのおじさんに年齢を聞いている。

どこかのおじさんが53ですと答えると、その若さでCHABOを観に来るなんてなかなか見所があるな、とどこかのおじさんが言っている。

そう、だいたいお客さんは50代から60代といったところだろう。

もちろん会場には加齢臭が漂っているが、深みとコクがある、と言ったらいいんだろうか。

僕のような若造の加齢臭とは格が違うのを肌で、いや、鼻で感じる。

臭いけど、もちろん臭いけど、なぜか嫌な臭さではないのが意外だった。

あたりを見渡すと、親子で来ているんだろうか、僕より若い女性もいるけど、全体的に一人できている人が多いようだ。

そういう人たちから、表には出さないけど、本当に楽しみにしているっていうのが伝わってくる。

開演まで時間があるので物販コーナーを物色する。

『Dessin』という会場限定の写真家の奥様とコラボしたCDを購入する。

スタックスのマークを模したCHABOTシャツが素敵だった。

 

開演の17時が近づいてきたので席に戻る。

どこからかCHABOは時間通りに出てくる人なんかなーという声が聞こえてくる。

ロックの人だし、やっぱその辺はルーズなんじゃないー、と誰か。

僕はなんとなくCHABOは時間はちゃんと守る人な気がする。

時間ちょうどになり、CHABOが登場。

シルエットが見えた瞬間胸が熱くなる。

「チャボさーん!」

「チャボー!!」

一気に会場が沸き立つ。

アコースティックギターをかき鳴らす。

ブルージーなリフが錆つき始めた僕の胸のドアをノックする。

なんてかっこいいんだ。

弾き方もかっこいい。

独特のあの歌声、歌い回し。

そして、クリーデンスクリアウォーターのあの曲に似た聞き覚えのあるリフが鳴る。

オーーーイ! オーイ! オーーーイ! オーイ!

目の老い! 耳の老い! 足腰の老い! 頭の老い!

心の老い! さまざまな老〜い!

今日車の中で一人熱唱していた『オーイっ!』を会場全体、老いた人たち中心で熱唱!!

もちろん僕もそれに加わっている。

これは若い人には出せない独特な世界観とエネルギーだ。

僕の左隣のおじさんは右太ももと左太ももの小さな隙間で小さく手拍子をしているだけだが、完全にCHABOワールドに浸っている。

その目が物語っている。

CHABOは曲の合間合間に、いろいろなエピソードを挟みながらステージを進めていく。

萩原健一とタクシーの運転手のエピソードは笑った。

ブルースとかいろんなカバー曲もやっていたけど、英語詞のものはCHABOなりの日本語に訳され、本当にCHABOの歌になっていて素敵だった。

特にニールヤングのハーベストムーンのカバーは星空がそこにあるかように素敵だった。

清志郎のエピソードを話した後に『忙しすぎて』や『お墓』など、RCサクセションの曲を歌ってくれた。

僕がこの日一番魂揺さぶられたのはこの『お墓』という曲だった。

20代前半の不安定極まりない頃の感情がどっとあふれてきて、それと一緒に涙も溢れた。

あの時のことはなかったことにはなっていなかったんだ。

RCサクセションの曲を演った後、一人でもバンドでもRCの歌うたってってよーとCHABOは言っていた。

今でも本当にRCの曲が好きなんだなー。

 

そういえば面白いお客さんがいた。

MCでCHABOが、「俺は褒められると伸びるからどんどん褒めてー」と言うと、「じゃあどんどん褒めますんで朝までやってー!」と叫んだり、「明日休みなんだったら、今日は開演もっと遅らせればよかったなー」とCHABOが言うと、「じゃあ9時から2部やってー!」と叫んだり、「これは27歳の時に作った曲なんだけど、みんな27歳の時何やってたー?」と聞くと、「チャボさん聴いてましたー!」と叫んだり、ものすごく熱狂的で調子のいい面白いCHABOファンの方がいた。

後のMCで分かったけど、そのおじさんは学校の先生で古くからのCHABOのファンだということだった。

「俺は学校にもいかず街でフラフラしてたけど、こういうような先生に会ってたら俺も学校に行ってたかも知れねーなー。声には出せないけど、大っきな声で叫んでいる子供達がいっぱいいるんだよなー」とCHABOが呟いたのを聞いているそのおじさんの後ろ姿がとても印象的だった。

かつてこのおじさん(先生)は授業中に『雨上がりの夜空に』を歌って校長先生の逆鱗に触れ、始末書を書かされたらしい。

 

その後も『やせっぽちのブルース』のかっこいいギターが炸裂したり、『いい事ばかりはありゃしない』の「金が欲しくて働いて〜」の後の、「眠るだけ〜」のあの高いハモリのところを歌うCHABOと一緒に歌える嬉しさですっかり我を忘れて楽しんだ。

エレキギターを取り出して『雨上がりの夜空に』の時は、みんな総立ちで大合唱。

左隣の小さめに手拍子するおじさんももちろん立っていた。

が、やはり手拍子は小さめだった。

が、やはりその目は物語っていた。

最後は『ガルシアの風』の朗読。

アンコールを含め一人で2時間35分以上のステージ。

すごすぎる。

本当は『My R &R』も聴きたかったけど。

そんな贅沢は言ってられないくらいすごすぎた。

69歳。

歳を重ねたことによってのかっこよさが確かにあった。

あの歳にしてはすごいというものではなくて、あの歳じゃないと出せない最新のかっこよさだった。

アコースティックギターからの精神と、エレキギターからの精神それぞれの魅力が溢れ出ていた。

そして何よりCHABO自身の精神が溢れ出ていて素敵だった。

 

終演後、物販購入者にはサインをしてくれるという事でその列に並ぶ。

なかなかの長蛇の列だ。

一人に与えられた時間はほんのわずかなものだ。

何を話そうか。

『お墓』が良かったのはどうしても伝えたい。

これで決まりだ。

だんだんと僕の番が近づいてくる。

前のおばさんの番になった。

次は僕の番だ。

「ちょっと待ってくださいね!」

その時だった。

スタッフの女性に止められた。

「前の人が終わるまでそこでお待ちくださいね」

どうやら僕は気持ちがつんのめって、前のおばさんのサインが終わっていないのに思わずCHABOの方に歩み寄ろうとしていたのだ。

これはいかん、冷静にならなくては。

そして僕の番になりCHABOの前へ歩み寄る。

「お疲れ様でした!

お墓すごく良かったです!」

「あ、ほんと、センキュー!」

「あ、僕も楽器やってるんで、僕もお墓歌っていきます!」

「あ、そうなの?

バンド?一人?」

いや、バンドのメンバーもいるけど今は遠くにいるのでなかなか活動できなくて…などと話そうと思ったけど、そこは省略して「一人です」と答えた。

するとCHABOは笑顔で「歌ってってよ」と言ってくれた。

サングラスの奥の瞳が優しく輝いていた。

そしてCDにサインを入れてもらって握手をしてもらいルンルン気分で会場を後にした。

 

家に帰り、今回購入した写真家の奥様HISAKOさんとのコラボCDを聴いてみる。

ハーベストという曲の

 

まぁどっちにしろ 道しるべなど もう今ここには無い

変わりやすいのさ 今日の天気 明日の気分

 

昨日という日の意味「あの頃」という時の価値

いつかきっと手にするだろう 実り多き「年月の収穫」ってやつを

 

というフレーズが印象的だった。

今回CHABOに会って気づいたことは、いい曲に出会えて、素敵なライブが見れて良かった!と鮮度のいいまま本人に伝えられることは、ものすごく貴重で、ものすごく嬉しいことなんだ、ということだった。

それとまだ今のところ、年月の収穫のことなんかはあてにしていないし、まだまだこれからも音楽をやって行くわけだけど、多分僕はAからZへの道の途中の、まだまだ前半の方で空を見上げているところだろう、ということが分かった。

 

そういえばあの楽器屋で見かけた女の子達は、ギターを買ったんだろうか。

どうなんだろう。

僕はファドの伴奏用のBAIXO(ベース)を買いましたが。

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