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2019年8月

2019年8月23日 (金)

溶けたのはアイスクリームだけなのか

あつい、あつい、あつい、とにかくあつい。

したたる、したたる、したたる、とにかくしたたる。

つける、つける、つける、とにかくつける。

僕は熱のこもった、もちろんクーラーなどついていない住宅の建設現場で、ひたすら汗を垂らしスイッチ&コンセント照明器具等をひたすら取りつけていた。

ここ最近の米子の最高気温は36、7度の猛暑日が続いていた。

運動は中止しようというアナウンスが日々スマートフォンに送られてくる。

仕事は運動に該当するんだろうか。

「あっついなー」と汗を腕でぬぐいながら、作業車に道具を取りに向かう。

水道管工事で穴掘りをしていた関西弁風の設備屋のおじさんが「中で作業しとるもんが、あついなんて言ったらあかんでー」と声をかけてきた。

しかし中は中で風も通らないし蒸して暑いし外は風がある分マシじゃないか、と言い返そうと思ったけど、炎天下の下真っ黒に日に焼けたスコップを持ったおじさんの時折笑った時に見える歯の白さが、妙に印象的でなんだか気が抜けたので「そうですね、すみませんでしたー」と返しておいた。

この暑い中、無駄な口論をして無駄なエネルギーを消費することは全くもって無駄なことなので、おじさんの歯が白くてよかったと思った。

その後しばらくして、僕は体を冷やすために近くのコンビニにアイスクリームを買いに行った。

この時期仕事の合間に食べるアイスは、美味しいから食べるというより、生命維持のために食べる感じだ。

ガリガリ君にかぶりつきながら体内の温度が下がるのと同時に、頭の火照りがゆっくり鎮まるのを感じる。

「あの人たち休憩もほとんど取らずに結構ハードに仕事していたなー」

と、さっきの設備屋さんのことを思い浮かべながらガリガリと音を立てながら再び現場に向かって歩いていた。

「やっぱ、あの人たちの方が大変そうだ。

工期に追われているんだろうな。

必死に穴掘ってたなー。

呑気にアイスを食べてる姿を見せてまた刺激したらいけんし、アイスを食い終わってから現場に戻ろう。

だし、ゴミも気づかれないように捨てんとな」

など考えながら再び現場に戻る。

相変わらず設備屋さんはハードに穴掘りをしている。

「えーもん食ってまんなー」

「えっ」

「えーもん食ってまんなー」

「えっ、あっ!」

しっかりとアイスのゴミを隠していたつもりだった、というか歩いている途中で隠すことを、というかをアイスを食べていたことすらすっかり忘れて違うことを考えていたので、僕の右手にはしっかりとガリガリ君の食べ終わった木の棒と包装袋が握られていた。

それを逃さずしっかりと設備屋のおじさんは見つけたのだ。

「あ、バレましたか」

「バレてんでー」

「あれ、バレんように隠しといたつもりだったんだけどなー」

「バレバレやでー」

 

この時期の現場仕事はなかなかハードだ。

熱中症予防、事故防止の為、こまめな水分補給とこまめな休憩を取ることが日々あらゆるところでアナウンスされている。

もちろんそんなアナウンスがなくても、喉も渇くししんどいので水分も補給するし休憩もとる。

となるともちろん普段より仕事のペースは落ちる。

それは当然だし仕方のないことだ。

しかし、それに伴って工期が延びるわけでもないので、結局残業をするか、応援を呼ぶか、休みを返上して働くかしかないので労働者は歯をくいしばるしかない(現場によっては休日の作業は禁止されている)。

また働き方改革などの関係で、残業や休日出勤を控えるように厳しく言われている会社の場合、勤務中の時間の圧迫感が半端じゃないのでさらに強く歯をくいしばるしかない。

電気工事の場合、大工工事、内装工事、足場解体、美装など他業者との絡みもあるので、待たすわけにも(待ってもらえないことが多いし)いかないのでのんびりとしていられない。

だったらこの時期は労働者の体を思って全体の工期を延ばせばいいがな、と簡単に思ってしまうんだけど、支払いや、お客さんの引っ越し等の兼ね合いもあって工期に融通が効かないということも簡単に理解できるので、やはり歯をくいしばるしかない。

ということもあり僕の場合会社からの圧迫感は特にはないけど、他業者を待たせたり急かされるのは嫌だし、小まめに休憩をとりながらだと集中力も途切れ途切れになるし、だらだらと長く熱のこもった現場にいる方が長期的に見ると体にかかる負担が大きくなるように感じるし、何より早く家に帰って冷房の効いた部屋で体を休めたいので、休憩はタイトになりがちだ(しかし、当然のことだけど何人かで仕事をする場合は個人的なペースを優先するわけにはいかない)。

というわけで、業種や環境によっては、小まめな休憩を取ってというアナウンスは間違いではないけど、正解でもなさそうだ。

だいたい小まめな水分補給や小まめな休憩は、工期さえあれば(時間に余裕が生まれれば)そういったアナウンスがいちいちなくても誰もが勝手にとるだろう。

なので本当に建設現場の労働者の体を思うなら、小まめに水分補給をして、小まめな休憩をとりましょう、に加えて、小まめに工期を延ばしましょう、というアナウンスが必要になってくる。

といっても工期を延ばした事によって生ずる問題さえクリアーできればの話なので、今の所そんなことがアナウンスされることはなさそうだ。

 

 

今月の頭の方に月本さんの伴奏のお手伝いで大阪に行ってきた。

ワールド航空のお客様向けのレクチャーコンサートで数曲インストゥルメンタルの楽曲を演奏した。

Madragoaという曲を弾きながら、しっとりとしながらも爽やかな涼しさを感じられたのが思い出に残った。

本場の夜のfadoは真っ暗な中で演奏されるらしい。

真っ暗な中だと、音も鋭敏になって歌もさらに熱がこもりそうだ。

このタイプの熱ならじっくり味わいたい。

 

 

夕方仕事帰り、ホームセンターの駐車場にあるたい焼き屋でたい焼きを買って、作業車の中で食べていた。

暑い時に熱いものを食べるのは割と好きだ。

それにここのたい焼きは美味しい。

Madragoaいい曲だよなーと、先日の演奏の感触を思い出しながらたい焼きをかじっていた。

「ボゴッ」

尻尾の方を食べ終わる頃だった。

鈍い音が響いた。

と同時に、頭の中で流れていたMadragoaのメロディーがつぶれてしまった。

どうやら隣に停まった乗用車の後部座席のドアが、降車の際勢い余って僕の作業車にぶつかったようだ。

音の感じからして大したことはなさそうだったし、元々結構擦り傷なんかもあったのでまー別にいいかーと思いながらパワーウィンドウを開けた。

降りてきたのは20代の奥さんだった。

目が合うなり、「すいませんでしたー」と言ってきたので、僕は「元々結構傷があったしまーいいですよー」、と言うつもりだった。

しかし、「あ、でも大丈夫だと思いますのでー」と奥さんが続けてきたので、気持ちがつんのめって思わず閉口してしまった。

そしてそのまま奥さんはお辞儀をして、僕の前を通り過ぎてたい焼き屋の列に並びに行った。

ん。

急激に腹が立ってきた。

許してあげるつもりだったのに何故か気持ちが急激に毛羽立ってきた。

すると、運転席から夫と思われる男性がすいませんでしたと言いながら降りてこちらの方に歩いてきた。

「ぶつかりましたかねー」

「いや、ぶつかっとるがな」

「えーっと、どれですかね」

と言いながら、傷だらけの僕の車の車体を指差している。

傷がいくつかあって当てた傷が特定できないようだ。

すると今度は助手席の窓が開いた。

彼らの父親と思われるお父さんが、もう一度ぶつけたドアを開けて確かめたらと夫と思われる男性に指示をした。

ゆっくりドアを開けた先に確かな擦り傷があった。

「あ、これですねー!」

3センチくらいの白くなった擦り傷だった。

その男性は修理等のやり取りのために連絡先を教えて欲しいと言ってきたけど、前述した通り元々傷だらけだったし、許すつもりだったので断った。

加えてお父さんも、いくらか払いましょうかと申し出てきたけど、それも断った。

それでこの件は終わり。

のはずだった。

なのになぜだ。

なぜ怒りがおさまらないのだ。

初めから許してあげるつもりだったし、許してあげたんだけどなぜか腹が立って仕方がない。

腹が立つということは許せてないんだろうな。

じゃあいったいなにが許せてないんだ。

残りのたい焼きを歯ではなく、怒りで噛みしめる。

夫と思われる男性も丁寧に謝ってくれたし、お父さんもお詫びをしようとしてくれた。

こんくらいの傷、本当にどうでもいい。

きっと風が強かったし思わずドアが大きく開いてしまったんだろう。

理由もわかるし、本当に大したことのないことだ。

だけど怒りがおさまらない。

大したことないことないのに腹が立っている小さい自分にも腹が立つ。

仕事の時に飲んでいたぬるくなったアクエリアスの残りでたい焼きを流し込む。

視線の先にはたい焼き屋に並んでいる奥さんの後ろ姿。

引っかかるのはあの奥さんだ。

「あ、でも、大丈夫だと思いますのでー」

と言ったあの言葉だ。

確かにあの奥さんの言う通り、傷だらけでオンボロの作業車だしこれくらいの傷は全然気にならないし大丈夫だ。

そう、大丈夫。

奥さんの言う通り大丈夫だ。

間違ってない。

お会計を済ませ、たい焼きの入った紙袋を手に提げ奥さんは隣の車に乗り込んだ。

そして乗車した人たち全員がこちらにお辞儀をして去っていった。

その車が見えなくなってから僕はぶつけられた傷をしっかりと見るため車を降りた。

確かに新しく白いこすり傷がついている。

設備屋さんの歯の白さを思いだした。

と言うか、思ったより目立つ傷だがな。

傷に指先で触れてみる。

擦ったところで消えるわけでもないのに擦ってみる。

この傷が大丈夫かどうかを判断するのは、ぶつけた奥さんの方じゃなく、ぶつけられた方の僕じゃないのか。

というところに引っかかって僕は気持ちがつんのめってしまったことを、再認識した。

 

家に帰って、妻に車のドアをぶつけられた話をすると、そこのたい焼きが食べたかったと言われた。

 

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