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2019年7月

2019年7月28日 (日)

塀の裏で僕は汗をかいて働いていただけさ

「あのおばさん借金まみれで駆け落ちなんだけん」

「えっ、うそ!

なかなかすごい人生送ってるなー」

「だけん毎日忙しくて睡眠時間3時間くらいなんだってー」

「はー、すっごいなー。

いろんな人生があるなー。

見かけによらず、すごい人生を送ってるもんだなー」

 

とあるホームセンターのレジ店員のおばさんが僕の奥さんの知り合いで、会計の時に声をかけられたので、店を出てからそのおばさんについて奥さんが話してくれた。

 

「でもあのおばさん結構な年だよなー。

何歳の時に駆け落ちしただー?」

「はー?

何言っとるだー。

駆け落ちなんかしてないよ」

「えっ、さっき借金まみれで駆け落ちって言っとったがな」

「そんなの言ってないわー。

サーティーワンと掛け持ちって言ったんだがん!」」

 

耳くそが耳の穴にズッポシ溜まっているせいか、僕は『サーティーワンと掛け持ち』を『借金まみれで駆け落ち』と聞き違えてしまったようだった。

というわけでそのおばさんは昼間ホームセンターのレジ打ち、夕方からサーティーワンで働く駆け落ちなどはしていない、家に帰ってからも家事などで日々忙しいおばさんだということだった。

最近聞き違いが多いばかりでなく、聞き違いされることも多くなった気がする。

先日コンビニのレジでおやつにビッグサンダーを購入する際、レジ袋は結構ですという意味で、「あ、そのままで」と店員さんに声をかけると、

「あ、Tマネーで」と返されたので、慌てて、「あいや、そのままで」と言うと今度は「あ、アプリで」返されたので、もうここまで来ると単なる聞き違いじゃなくて思い込みにまで発展しているなと思い、一度間をおいて「あ、レジ袋は結構ですので、そのままでお願いします」と落ち着いて伝えた。

すると店員さんはハッとして、それまで作業していた手をピタッと止め、顔を上げこちらを向いて、「とんでもない聞き違いをして、すいませんでした!」と、とんでもなく丁寧なお辞儀で返してきた。

その感じが何だかものすごい間抜けで笑けてきたので、しまいには店員さんと二人で笑ってしまった。

今回のケースは多分僕自身の滑舌の悪さの影響もあっただろうが、店員さんの思い込みの部分も強かっただろうと思われる。

笑いながら、多分僕が聞き違いをしてしまう時も、耳くそのせいにしていたけど、大体は思い込みで聞き取ってしまっていることが多いんだろうなと思った。

 

 

「傘持ってきてないのに何で降ってくるだやー!」

急に雨が降ってきて濡れてしまうのがよほど嫌だったんだろうか、夕方アパートの窓の外からどこかのおばさんの怒号がきこえてきた。

ここまで叫ばずにはいられなかった理由は、果たして雨で濡れるのが嫌だったから、だけだったんだろうか。

それだけの理由であそこまで叫ばなければいけなかったとは考えづらい。

その声で思い出したことがあった。

18歳の時に大阪で部屋探しをするために西中島南方の駅に降りた時だった。

階段の途中で、くたびれたスーツ姿のおじさんが「クソ!!アホ!!バカ!!シネー!!」と叫びながら闇雲に雨傘を振り回していたのを見かけた。

その時は何にもない空中に向かって傘を振り回しているアブナイおっさんだなーとだけ思って、冷めた目で通り過ぎただけだったけど、その振り回している傘の先には、本当は誰か具体的な存在がいたということは、今になるとよくわかる。

と同時に現在僕自身そのおじさんと同じくらいの年齢に差し掛かかり、そのおじさんをアブナイおっさんだなーと一言で片付けられるほどの若さはすでに無くなってしまったことに、ふと気づいた。

さっき窓の外で叫んでいたおばさんも、声の響きから西中島で見たおじさんと似たような怒りを含んでいたように思えたけど、違うかもしれない。

 

 

ふじわらたーつーやー♪  ふじわらたつーやー♪  ふじわらたーつーやー♪

ふじわらたーつーやー♪  ふじわらたつーやー♪  ふじわらたーつーやー♪

ふじわらたーつーやー♪  ふじわらたつーやー♪  ふじわらたーつーやー♪

ふじわらたーつーやー♪  ふじわらたつーやー♪  ふじわらたーつーやー♪…

 

現場で仕事をしている時、塀を越えて隣の家から藤原竜也のことが好きでたまらないといった感じのオリジナルソングを歌う若い女性の声が聞こえてきた。

そのストレートな声の響きと、取ってつけたような飾りっ気のない単調なメロディーに僕はすっかり骨を抜かれ、ラブソングは愛しているとか、大好きだとかいう必要はなく、ましてやその人を何かに例える必要などもなく、ただその人の名前を歌詞として歌えば十分なんだということを知った。

僕にもかつて好きな人の名前を声に出すだけで悶絶していた時期があったので、彼女の気持ちはよくわかる。

それにしても長い。

長い。

長すぎる。

彼女の歌が一向に終わらないのだ。

こうずっと、ふじわらたーつーやー♪ふじわらたーつやー♪と聞かされるとさすがに参ってくる。

もういい加減静かにしてほしい。

だけど、気持ちが爆発しすぎて歌ってないと気分が収まらないっていう気持ちもわかる。

だったらせめて違うメロディーで歌ってくれないか。

違うメロディーがないなら、さっきはああ言ったけど、せめて違う歌詞で歌ってくれ。

藤原達也を空に例えるとか海に例えるとか花とか色々とあるだろう。

もしくはバージョンを変えるとか。

というか、今仕事中だしやっぱ静かにしてくれ。

という僕の想いが彼女に伝わったのか、しばらくして歌が止んで静かになった。

ほー、良かった。

歌で気持ちを吐き出し切って、少しは落ち着いたみたいだな。

 

「ゔぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

「ゔぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

と思ったら阿鼻叫喚、今度は脳天をつんざく彼女の叫び声。

おいおい、どうしたんだ。

もう仕事どころではない。

声のする方に目をやるが、そこには家と家を隔てたブロック塀があるだけだ。

 

「う〜、う〜、う〜、う〜、う〜、う〜…

う〜、う〜、ふじわらたつや〜、う〜、

ふじわらたつや〜

う〜、う〜」

 

床でのたうちまわり、泣き崩れている姿がはっきりと目に浮かぶ。

 

「う〜、う〜、う〜」

 

だんだん落ち着いてきたようだけど。

 

「誰にも渡したくないーーー!!!

ゔぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

その後しばらくして彼女の気持ちは鎮まったのかはわからないが、静かになった。

それ以来その現場に何度か行くことがあったけど、彼女の歌声を聴くことはなくなった。

 

 

鬱陶しい季節が始まった。

相変わらず忙しない日々を繰り返している。

何かに向き合ったり何かを後回しにしたりして、なんとかケツで無理して調整して日々を乗り切っている感じだ。

そんな事とは関係なくパラダイムシフトは足音を立てずに歩き続けている。

その足の裏で静かに踏みつけられる人達がいる。

潰れた感情は雨にも流されず沈殿したままだ。

問題はすり替えられるわけも、うやむやになるわけもなく、増えていく一方だ。

多様性を受け入れる寛容さはどこまで必要なんだ。

今の僕は傘を振り回しているおっさんと、傘の先に立っていただろう人とどっちに近いんだ。

果たして彼女の歌声が藤原竜也の胸に響く日は来るのだろうか。

僕にはわからない。

とりあえずネバつきのある汗がとても不快でたまらない。

さっぱりするためにシャワーを浴びる。

風呂上がり、生乾きの臭いのするバスタオルが不快感を誘発する。

そして僕はサーティーワンのアイス、じゃなくて雪見だいふくを食べている。

 

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