2015年5月 3日 (日)

海水浴

今年は海水浴に3回は行こうと思っている。

海水浴は楽しい。

中学生のとき友達らと自転車に乗って島根半島の惣津まで、境水道大橋を渡り(その頃は渡し船もあり、渡し船で行くこともあった)七類のトンネルを抜け約2時間くらいかけてよく泳ぎに行っていた。

過酷な上り下りを駆け抜けて(上りは手で自転車を押しながら)汗だくに汚れた体になった後に、透き通るようにキレイな海に飛び込んで泳ぐのはすごく爽快だった。

僕らがいつも泳ぐポイントは人気のない岩場で、いつも貸し切り状態だった。

M君はそこら辺の岩に張り付いてる一枚貝を採っては、「海の幸だー!」と歓喜の声を上げながらそのままむしゃぶりついていた。

そういえばこないだ聞いた話だけど、M君の一回り離れたお兄ちゃんも、漁師の仕事の途中に採ったイカを鷲掴みして、そのままおやつ代わりにかぶりついていたらしい。

なかなかワイルドな兄弟だ。

高校生の頃僕らの溜まり場になってたマルイ(仮名)の離れの家の便所に貼ってあったリアルマッコイズかなんかのポスターに

『不良とは、生まれてくる時代を間違えたヒーローだ』

というカッコイイのかカッコ悪いのかよく分からないステキな文句が確か書いてあった。

M君と彼のお兄ちゃんも、生まれる時代さえ間違えなければきっとヒーローになっていたと思う。

話を海水浴に戻そう。

そしてもう一人よく一緒に海水浴に行ってたHという友達は、物凄い釣りの好きなやつで、彼は泳ぎながらベラを釣って遊んでいた。

「本当の釣り好きはドスケベだよ」

というのが彼の口癖で、確かに彼は女子の検便のにおいを嗅いだり、テスト中にオナニーするくらいドスケベ(ヘンタイ?)なやつだった。

海の中でウンコすると、離れようとしてもまとわりついてくるし海の中ではウンコせんほうがいいぞ、というのが彼の海水浴についてのアドバイスだった。

僕はそのアドバイスを守り、そんなHと一緒に泳ぎながらベラを釣ったり、一人浮き輪に揺られながら空を眺めたり、水中メガネで海中を覗いたり、浮き輪で波に揺られながら縮んだピーポコの余った皮をつまんだりしていた。
 

みんなで岩場の高いところに登って飛び込んだりもした。

その時着水するポイントを間違えて足の裏を岩場で切ったこともあった。

しかし海の治癒力のおかげなのか分からないけど、海に傷口をつけたまま遊んでいたら、割と傷の治りが早かったように感じた。
 

また、ひたすら沖の方の岩場を目指して泳いだりもした。

浅い場所を泳いでるときは水も透き通っていて、キレイな岩場の模様や小魚が泳いでいるのを見たりして楽しめるけど、深いところになると水温も下がり海の中を覗いても全く何にも見えなくなり、ただ薄暗い深緑色が広がっているだけになってくる。

そのただ薄暗い深緑色というのがとてもブキミで恐ろしい。

オドロオドロしい何ものかが急に海底から現れてきて、僕の足を掴み、鋭い速さで海底に引き摺り込むんじゃないのかという想像が恐怖を引き連れ襲ってくる。

一度その想像に襲われてしまうと頭の中は恐怖感で圧迫されてしまうので、あまり海の中は見ないようにして、泳ぎだけに集中するようにする。

が、やはり焦ってしまうんだろうか、水をかきわける手に力が入り過ぎて呼吸が荒くなる。

そうやってヒーヒー言いながら泳いでいるときにクラゲに刺されたこともあった。

そのときは左手広範囲にわたって鋭い痛みと痺れが走った。

ただでさえ呼吸が荒いのに、痛みと驚きでさらに荒くなり、右手だけで海をかきわけ息も絶え絶えで岸にたどり着いたこともあった。

あの時は本当に死ぬかと思った。

しかしそんな危険も含め、帰りみんなで海パン一丁で自転車にまたがり、また2時間ほどかけて汗だくになって帰ることも含め、無我夢中で楽しめる海水浴が僕は好きだった。

行く機会は減ったけど、もちろん今でも海水浴は大好きだ。

ジャンガランの1stアルバムの一曲目に『海水浴』という曲が入っている。

この曲の歌とギターの演奏と、ベースとドラムのプログラミングは僕が担当した。

テナーサックスは由利史弥君の演奏だ。

由利君のテナーサックスのフレーズが曲のイメージにぴったりハマっていてすごく気に入っている。

この曲はみんなで海水浴に来たけど、自分一人が二日酔いかなんかで気分が悪く、泳ぐどころじゃなくて、楽しんでる人達がうらやましいなーって思いながら、ボーっと海を眺めているような感じの曲だ。



ビーチパラソルの空がグルグル回ってる

ヘリコプターの唸る音と

ビーチサンダルの砂がとても不快な気分にさせる

せっかく海に来たのにずっと寝そべってる

水面で踊る光みたいにみんなハシャギ回ってる

洗濯バサミの跡がくっきり残ったTシャツ

あー、色が褪せてく

あー、色が褪せてく

あー、太陽は僕たちから色を奪っていく



僕は今まで海水浴に行ってこんな歌詞のような気持ちになったことがない。

いつでも楽しかった。

じゃあ何故こんな歌詞の曲をつくったのかと言われても分からない。

と思ってたけど、そういえば一度だけいやな思いをしたことがあった。

あれは家族で海水浴に行ったときのことだった。

確かまだ僕が4歳くらいの時だったと思う。

車から降りて先に海に行った父親と兄を追いかけ近道しようと、道沿いにずっと張り巡らせてあった有刺鉄線の下をくぐり抜けようとして、背中を激しく引っかいてしまい、その痛みと目の前の楽しい海で遊べないという絶望感で激しく泣いたことがあった。

もしかしたらそのときのかなしい記憶がこの歌詞を書かせたのかもしれない。

そんな気がする。

いや、違うかもしれない。

きっと多分違うだろうな。

うーん、分からない。

だけどよくよく思い起こせばそのときは、海水浴じゃなくてワカメ採りだったかもしれない。

母親に確認したところ、そんなことあったかいなー知らん覚えてない、とのことだった。

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2012年1月 3日 (火)

sketch

昨年制作したジャンガランの1stALBUM『sketch』を未だに気に入って聴いてる。

今までに自分でこんなに気に入った物を作れたことがない(バッチは結構気に入ってるか)。

何らかの理由を付けてどこか中途半端に終わらせて、あまり好きになれずになんとなく終わらせてしまうことばかりだった。

しかし今回は、まだまだ自分の演奏面では未熟なところはあるけど、やりたかったこと、やり場のない想いを思いっきり入れることができてとても満足している。

この音源のテンションを基準として、さらに色々なことに挑戦したいと思ってる。

 

当然のことだけど曲には完成はなく、アレンジだけでなく、気持ちの入れ方だけでもさまざまに変化する。

そういった意味で、こないだのレコーディングは、あの時点でのその曲とその時の僕(曲によっては由利君とマーシーも)を映し出したものだと思う。

 

曲に完成がないといえば、今回の音源に入ってる曲もバンドで演奏してると、自然とアレンジが変わる部分もあったりしてまた曲が違った表情を浮かべたりする。

そういうとき、曲が変化しているのか、やり手が変化しているのか不思議な気持ちになる。

まー、きっと結局のところやり手の気持ちの表情が曲の表情として出てくる部分が大きいんだろうと思うし、やっぱり人が演奏する以上完成はないんだろうと思う。

そういうのがきっと面白いんだろうな。

こないだのバンド練習の時、『におい』という曲のサビのアレンジを変えた(リズムを崩した)だけで

「内容が入って~こない~♪」

という歌詞の『内容の入ってこない』感じが思いっきり出てきて、というか歌詞のイメージにマッチしすぎて面白すぎて笑いが止まらなくて歌えなかった。

自分の曲で自分で笑ってるなんてなんか間抜けみたいだけど、ずっと前におかあに僕は小さい時どんな子供だったかと聞いた時、

「お前は自分でウンコの絵描いて、それ見てずっーとゲラゲラわらっとったぞ」

と言ってたし、結局そういった感覚は今でもかわってないんだろう。

 

今回の音源制作はどうしてもやりたかったし、死ぬ前に絶対にやらな後悔することの一つだった。

それと、マーシー(中坪昌利)と由利君ともどうしても一緒に録りたかった。

それも死ぬまでに絶対にやらな後悔することの一つだった。

音源を聴いてくれた人は分かると思うけど、二人のおかげで楽しいCDに仕上がったと思っている。

それぞれの足りてない、または必要としてる部分で繋がれたと思ってる。

本当に二人には感謝している。

音源制作後に、ベースにジュンちゃん(小西絢一)が加わり、今はジュンちゃんを含めた活動もすごくやりたいことだ。

 

僕のアレンジやミックスは基本的に、

「こうしたら面白そう」「これ、なんかグッとくる」「なぜかこうしてみたい」「なんとなくこんな音が聴こえてくるし、これを具現化しよう」「こうするつもりはなかったけど、これおもしろいしこれでいいかな」

というような感覚を重視してやってるので音楽的なジャンルは多分きっとめちゃくちゃだ。

けど、僕の感覚は基本的にウンコの絵を描いてそれを見て笑ってるちびっ子の頃とさほど変わってないし、今回の音源の中の曲もその楽しむ感覚を頼りに作ったし、そういう意味では僕のジャンルは統一されてると思ってる。

 

今思えば制作活動してるときはただひたすら録音、編集を繰り返して、ただいい音源を作るという意志だけだったと思う。

 

マーシーのドラム、ベースや由利君のサックスをレコーディングする時、こう叩いてくれとか、こう吹いてくれとか、ほとんど僕は何も注文しなかった。

彼らが「これだ!」と思って出した音は、だいたい僕も「それだ!」と思うことばかりだった。

そういった点からも、今回の音源作りは驚きや発見ばかりで本当に楽しかったし、充実した時間だった。

 

もちろんすごい厭なことや悩んだこともあったけど、救いだったのはそれ以上にどうしてもやり遂げたかったという気持ちと、完成を楽しみにしてくれてた友達と、メンバーに恵まれたことだった。

音についてのことばかり書いたけど、デザイン等でお世話になった吉田敦史君、京都MUSEのユキサダ君、スタジオSIMPOの小泉さん、月本さん、沢山の人にお世話になった。

本当に感謝してます。

 

人それぞれ趣味嗜好があるし、自由な捉え方で、聴いてくれる人には楽しんでもらえたらと思ってます。

おもしろい捉え方の人に出会えるといいな。

 

また、収録曲のレコーディング記録(覚えてる範囲で)みたいなことも、書いていこうと思ってます。 

 

ただ今は残念なことに、ウンコの絵を描いたくらいでは笑わない大人なってしまいました。

これは非常に残念なことですね。

いや、そんなことないかな。

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